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『北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要』では、毎年、当館が新たに受け入れた資料の中からいくつかを選んで紹介する、「新着資料紹介」を掲載しています。2018年3月に発行した第3号では、「釧路市・清野写真館旧蔵写真」を取り上げました。
これは、昭和40年ごろまで釧路市米町にあった「清野写真館」が持っていた写真で、写真館を営んでいた清野市郎氏のご遺族から寄贈を受けたものです。
昭和初期に釧路で撮影されたものと考えられ、状態が良く、かつ比較的鮮明なので、例えば人々が着用している衣服のようすが確認でき、同じ地域の他の写真などと比較することで、この地域の木綿衣について知ることができる等、さまざまな意義や可能性を持つ写真です。
この写真の特徴として、もう一つ、1928(昭和3)年に釧路の春採に設けられたとされる「懐古館」との関連を挙げることができます。
「懐古館」の設立を報じた同年11月20日付けの『釧路新聞』は、同館はアイヌ民族の「宝物」を「収蔵陳列」する施設だと述べており、アイヌ民族の伝統的な生活文化を展示し観覧に供する施設であったことを窺わせます。
「懐古館」設立のころ(1920~30年代)は、北海道への観光客が増え始めるなか、〈アイヌ文化〉が観光や視察の対象となることがより増えていった時期だとされます。「懐古館」は、1931(昭和6)年に長万部に設立された「エカシケンル」などとともに、このような時期に設けられた展示施設として、着目しておきたいと考えていました。清野写真館の旧蔵写真には、「懐古館」の設立を報じる新聞記事に載っている写真(①)と同じ家屋と考えられる建物が写っていました(②はその一例です)。さらに北海道立図書館が所蔵する、アイヌ語研究者・金田一京助の旧蔵絵葉書の中に、これらの写真とほぼ同じ写真を用いたものが9枚確認できました。
ただ、このときは絵葉書についてこれ以上の情報が無かったこともあり、昨年度まとめた資料紹介では、清野写真館の写真は「懐古館」のようすを知る手がかりになりえる可能性がある、ということまでを指摘するにとどめていました。
今年度に入り、この資料紹介を読んだ方が来館され、「この絵葉書が揃って袋に入った状態のものを持っている」とのこと。その画像も見せていただきました。
中でも注目したのは絵葉書が入った封筒です。そこには「釧路市設/懐古館発行」とあったのです。これによって、絵葉書や清野写真館の写真が懐古館で撮影されたことがより確実になりました。さらに「釧路市設」との文言は、当時の行政がこうした施策や事業にどのように関わっていたのか、という新たな課題も投げかけてくれます。
研究紀要に新着資料紹介を載せるにあたり、これまではもっぱら「新しく受け入れた資料について、いち早く皆様にお知らせするため」というふうに書いてきました。けれども、こうした経験で改めて当たり前のことに気付くのですが、いち早く、広くお知らせすることによって、実は博物館の側が、より早く、いろいろな教示をいただけるのでした。
最後になりましたが、このたび貴重な情報をご教示くださった新妻達雄様に、改めてお礼申し上げます。