人と植物と自然環境
サハリン先住民の植物利用を調査する

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研究部自然研究グループ 学芸主幹

水島 未記

  • 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。

きっかけ

人の暮らすところ、どこにでも植物は生えています。ところが、北東アジアの先住民について書かれた本を開くと、主な生業は「漁労」「狩猟」「トナカイ飼育」などと書かれています。

……え、それだけ?

という疑問が私の研究の出発点でした。世界中どんな地域でも、暮らしに不可欠な「資源」として、そこにある植物を利用しているはずです。

私は大学院で植物生態学を学びましたが、動植物と人との関係にも関心がありました。当館の前身である開拓記念館の学芸員となって間もない1996年、幸運にも調査出張でロシアのハバロフスク地方に行けることになりました。そこで、冒頭の疑問に答える内容を調査テーマに選びます。すなわち、主に狩猟が主な生業とされているエヴェンキ、ネギダールなど先住民族の人びとを訪ねて、どんな植物をどのように使ってきたのかについて聞き取り調査しようと考えたのです。結果、やはり多くの植物の利用が確認できました。それまでどんな文献にも書いていなかったことも見聞きしました。

昔の民族学者にとっては、「どうやってクマを解体するか」とか、「凍った川の中に魚を獲る網をどうやって仕掛けるか」が主な関心事であり、植物の採集・加工法などについては、あえて調査したり、記録したりしようと考えなかっただけなのです。

それと、どうやら、調査者がもっぱら男性だったことも動物重視の傾向に関係しているようです。聞き取りの相手も男性に偏りがちで、植物に関わる仕事の主な担い手であった女性からの情報が少なかったのでしょう。

サハリンへ

さて、「北東アジア先住民の植物利用」という研究テーマを得た私は、2002年からは、北海道の北隣の島・サハリンを主なフィールドにしています。

ここでサハリンの自然環境を少しだけ紹介しましょう。北海道が77,982km2でサハリンは76,400km2と、面積はほぼ同じ。ところが植物(高等植物)の種類は、北海道が約2,000種とされるのに対しサハリンは約1,200種と、グッと少なくなります。南北に細長く、南部は広葉樹やトドマツやエゾマツの林があって北海道と似ています。

ところが北に行くとガラッと景色が変わり、グイマツという落葉針葉樹(カラマツの仲間)の林が大部分を占めます。湿原や砂州、砂丘が多いのも特徴です(図1)。北海道では高い山の上にあるハイマツやコケモモなどのいわゆる高山植物が、サハリン北部では海岸の砂丘に生えているのが、慣れないうちは不思議に感じました(図2)。

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図1 サハリン北部の湿原
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図2 砂丘に多いハイマツ

聞き取り調査

サハリンの北部で最も多い先住民族はニヴフです。私はニヴフの住む村を訪ね、おばあちゃんたちに植物の利用についてのお話を聞いてきました。

過去の民族学の文献には、植物利用に関する情報が少ないだけでなく、あっても種類の特定(同定)が曖昧だったり、不正確だったりする場合も多々ありました。魚や獣などに比べれば植物は圧倒的に種数が多く(例えばサハリンで哺乳類は小形種を除くと13種だけ)、かつ似た種が多いので、正しく識別するだけでも難しいためです。

私の調査では、一緒に植物採集に連れて行ってもらうなどして、聞き取りはできるだけ野外で植物の実物を前に行っています。加えて周辺の植生・植物相などの調査や証拠標本の採集も行うことで、極力正確に同定できるようにしています。民族学・文化人類学等の研究者だけによる調査では限界があり、私のような植物研究者が関わる意義のひとつがここにあります。

豊かな植物利用文化

10回を超えるフィールドワークをつうじて、約40科100種以上にのぼる植物の利用を確認できました。過去の調査では利用が知られていなかった種や同定されていなかった種も多くあります。用途も食用・薬用・儀礼用・道具用など多様で、生活の隅々まで使われていることがわかりました。分布種数に比べて利用されてきた種類は少なくはなく、生業としての重要性は漁労や海獣猟に決して劣らないことを明らかにすることができたのです。

いくつかの村を訪ね、多くの話者から話を聴くことで、個人レベルの嗜好にとどまらないサハリン・ニヴフの植物資源利用文化全体に共通する特徴も見えてきました。例えば、湿原植物を多用すること、コケモモなどのベリー類(水分が多く軟らかい果実)が非常に重要視されること(図3・4)などです。

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図3 一緒にコケモモ摘みに
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図4 クロマメノキ(ブルーベリーの一種)の実を使ったニヴフの伝統料理

植物認識と民俗分類

調査を進める中で、利用植物の正しい同定のためには、植物分類学の体系に当てはめるだけでなく、その民族が植物をどう捉え、現地の植物相という母集合の中でどう位置づけているか、いわゆる民俗分類が重要であることに気づき、その植物の分類についてのその人(話者)自身の認識や、話者が用いる植物名称などの情報もメタデータとして集めるようになりました。そのため、民族文化にも詳しい言語学研究者と協働して調査しています。じっさい、話者の認識している植物の「種類」と植物学上の種がイコールではない場合もいくつか発見しました。

背景にあるもの

近年は、植物利用文化がサハリン北部の自然環境とどう関わっているかに着目しています。植物は種類が多く、さらに地域によって見られる植物種の組み合わせも変わります。だから、利用する種類の選び方、利用目的、具体的な加工方法など、植物利用に関わる文化は、動物のそれと比べて、より強く周囲の環境の影響を受けていることが予想できます。植物利用を調べることで、自然と人との関わり、中でも自然環境が人の文化に及ぼす影響について、より深く理解できるはずです。

例えば、サハリンの北部にはアムール川が運んできた膨大な量の砂が厚く積もっていますが、ニヴフの植物利用文化は、この砂の層の存在に強く影響されていることが明らかになりました(図5)。

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図5 サハリン北部の自然環境とニヴフの植物利用文化の関係

新しいテーマ

一方でニヴフは、サハリンから間宮海峡を挟んだ大陸側のアムール川河口地域にも昔から住んでいます。この大陸側のニヴフを訪ねて調査したところ、植物利用の嗜好性に若干の違いがあるように感じられました。同時に、大陸側では居住地周辺に湿原が多くはないなど、サハリンとは自然環境に違いがあることがわかりました。それぞれの差異を詳しく分析することで、自然資源の利用に関わる文化が自然環境からどのような影響を受けて成立しているのかをさらに詳細に知ることができると考え、次はそこに焦点を当てた調査計画を立てました。

…と、新しい研究を進めている中で勃発したコロナ禍。今シーズンは予定していた調査に行けず、ロシアとの間ではひきつづき行き来が制限されている状況です。サハリン在住の知人によれば、感染確認数は北海道を超える2千人以上とのこと。現地でお世話になっている人たちの健康状態も心配です。

それでも、衛星画像を活用したリモートセンシングによる植生の把握や、GIS(地理情報システム)を活用した解析など、北海道にいてもできる研究を進めていく予定です。

とはいえ、おばあちゃんたちからの聞き取り調査は、「リモートで」とはいきません。以前のように自由に訪問できる日が早く来るよう願っています。