- 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。
著者プロフィール
1991年北海道生まれ。地図会社勤務(グラフィックデザイン担当)を経て、2018年12月より当館学芸員。専門は美術史。写真は、総合展示室内の「北海道鳥瞰図」複製写真を見ているところ。
北海道博物館では、2024(令和6)年2月10日から4月7日にかけて、企画テーマ展「森のちゃれんが宝箱-スタッフ一押しの収蔵資料や博物館活動を紹介する展覧会、いや、展乱会!?-」を開催しました。この展覧会は、北海道博物館(愛称:森のちゃれんが)のスタッフ一人ひとりが、なつかしのクローズアップ展示やおすすめの一品、博物館ならではの活動を紹介するという趣旨で企画されました。美術史分野を担当する私は、収蔵資料のなかから『北海道国立公園観光旅行画巻』という作品を展示しました。
10人の画家たちによる「北海道国立公園観光旅行画巻」
昭和初期、日本では国内外から観光客を誘致する取り組みが進められていました。1930(昭和5)年、鉄道省に設けられた国際観光局は、日本画家をスケッチ旅行に招待する事業を創設初年から毎年実施しました。1936(昭和11)年の行き先は北海道。飛田周山や荻生天泉ら10名が道内の景勝地をめぐりました。この巻物には、スケッチ旅行に参加した画家たちの作品が一つずつ収められています。
(写真1)は近藤浩一路(1884-1962)がえがいた場面です。画面左側の文章を読むと、層雲峡の名勝、大函において、旅行団の一員である永田春水が、三十四匹ものイワナを釣ったことが綴られています。画面中央付近、岩の先端にぽつんと立つ釣り人が、永田春水その人なのでしょう。人物がごく小さくえがかれることによって、向こう岸の柱状節理の壮大さが効果的に表現されています。
(写真2)は小泉勝爾(1883-1945)がえがいた場面で、画面左側の署名の隣に「雄阿寒ホテル階上より」と記されています。絵を見ると、高いところから見下ろす視点で渓流のようすがえがかれています。吊橋には浴衣姿の人物が二人いて、橋の上から渓流を眺めているように見えます。荒々しい川の流れと、穏やかな人びとのすがたが対照的です。さらにいえば、吊橋にいる人びとを眺める雄阿寒ホテル階上の小泉勝爾の視点は、この作品を鑑賞する人の視点であり、温泉宿でゆったりと景色を楽しむ時間を私たちも追体験することができます。
吉田初三郎による「北海道鳥瞰図」
国際観光局のスケッチ旅行と同じ頃、鳥瞰図作家として全国的に活躍していた吉田初三郎(1884-1955)も北海道に滞在していました。吉田初三郎は、北海道庁から注文を受けて、「北海道鳥瞰図」を制作するための現地取材に来ていたのです。(写真3)は、「北海道鳥瞰図」から登別温泉周辺を抜粋した図です。建物が並ぶ温泉街のすぐ奥に、登別温泉の名所である地獄谷や大湯沼がえがかれています。「登別」の名称の左右に延びる赤い線は鉄道路線、温泉街に向かって延びるオレンジの線は道路で、温泉が好立地にあることが作品を見る人に直感的に伝わります。
岡田紅陽による北海道景勝地の写真群
「富士こそわがいのち」として富士山の写真を多く残したことで知られる岡田紅陽(1895-1972)も、昭和初期に北海道を訪れた芸術家の一人です。
北海道博物館には、岡田紅陽が撮影した北海道景勝地写真286点が保管されています。写真が収められた木箱の一つには「阿寒マシュー湖昭和8年写 岡田紅陽」と記載されています。被写体は阿寒や摩周周辺のほかに洞爺湖、大雪山、大沼公園などがあります。「大沼公園九趣之内 緑蔭」「雪の神秘境 大沼公園」「大沼公園九趣之内夕陽」など、異なる季節や時間帯で同じ地域を撮影した写真もあることから、紅陽が同じ場所に何度も足を運んだりシャッターチャンスを待ち構えたりしたことがうかがえます。
この写真群を収めた木箱のなかには「北海道景勝地協会」と記載されたものもあります。北海道景勝地協会は北海道庁拓殖部内に設けられた組織です。この協会による出版物を探したところ、同協会発行の『北海道の風景第五輯洞爺・室蘭・登別』という絵葉書に当館所蔵の(写真3)と同じ写真が使用されていることがわかりました※1。また、同協会発行の書籍『北海道の国立公園と景勝地』(1936年)にも当館にある岡田紅陽の写真群と同じ写真がいくつか使用されています。これらは、紅陽の作品がどのように活用されたかを知ることができる資料といえます。
- 1 函館市中央図書館デジタル資料館で閲覧可。
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北海道を訪れた芸術家たちによってとらえられた北海道の風景の数々。これらを見比べるとそれぞれの表現の違いに気づきます。『北海道国立公園観光旅行画巻』における近藤浩一路や小泉勝爾の絵画は制作者自身の旅の体験を切り取っており、鑑賞者がその体験に思いを巡らすことができます。吉田初三郎の北海道鳥瞰図は、観光施設と名勝の地理関係が視覚的に表現されています。岡田紅陽による登別の写真は、構図はもちろんのこと噴煙のかたちに至るまで、その風景が美しく見えるように撮影位置やタイミングが図られています。色彩という観点からみても、墨の濃淡による表現、墨を中心に使いながら淡い着色をほどこした表現、絵具をふんだんに使った鮮やかな色合い、モノクロ写真のはっきりとしたコントラストといった違いがあります。同じ地域を題材としても、それぞれの芸術家の目を通して見た世界は異なります。作品を見比べることによって、それぞれの表現のちがいが浮かび上がってくるのです。
これらの作品には、旅行者の体験、写真に写り込んだ地形や建物、描写された地理情報などが含まれ、当時の北海道のようすを知るための資料ともなり得ます。作品がどのような経緯で制作されたか、制作中はどのような状況であったか、作品完成後にどのようにして人びとの目に触れたか、といったことについて引き続き調査を進めていきたいと思います。