リンリン♪ 黒電話

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研究部生活文化研究グループ 学芸主査

会田 理人

  • 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。

総合展示2階の第4テーマは、北海道の現代を紹介するコーナーとして、20世紀の100年を展示しています。戦争と高度経済成長という二つのできごとをはさんで、この100年の間に私たちのくらしや社会のしくみ、身の回りの道具類が大きく様変わりしました。「くらしの絶滅危惧種」と名付けたコーナーから、そんな「消えつつある」、あるいはすっかり「形を変えてしまった」道具類の一つとして、「黒電話」を紹介します。

日本で、自分(発信者)と、電話で話したい相手(受信者)とをつなぐ「電話交換サービス」が始まったのは、1890(明治23)年12月16日のこと。東京と横浜で始まりました。当時は、「電話交換手」と呼ばれる職員の手で回線をつないでいました。

北海道では、1899(明治32)年7月26日、札幌電話交換局が開局します。8月1日には小樽で、少し遅れて10月10日には函館で交換局が開局しました。実際に電話交換サービスが開始されるのは、翌年、1900年のことです(札幌は3月1日から、小樽は4月1日から、函館は6月1日から)。道内の交換サービスが始まった時の電話加入件数は、札幌141件、小樽257件、函館320件。そして、このときから「電話交換手」という新しい職業が北海道でも誕生しました(『北海道の電信電話史』)。

こうして、20世紀を通して北海道の電話網が拡大し、電話が普及していきます。

さて、第4テーマで公開している黒電話は2点あります。一つは、1950(昭和25)年に誕生した4号自動式卓上電話機。国内の電話機の普及に大きく貢献しました。もう一つは、その後継機、600型自動式卓上電話機。1962(昭和37)年に誕生しました。600型は、4号自動式と較べて性能が大幅に向上するとともに、丈夫で軽く、価格も安いのが特徴。通話機能と経済性のうえで、優れた黒電話でした。この2台はともに、昭和の戦後復興期から高度経済成長期を支えた電話機です。

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4号自動式卓上電話機
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600型自動式卓上電話機

黒電話で電話をかける時には、受話器を持ち上げて、本体中央の「ダイヤル」を回すのですが、その時、0から9までの数字が電気信号に変換されました。

ダイヤルを回す音は「ジーコ、ジーコ」。電話がかかってくると、黒電話のベルが「ジリリリリリーン」と鳴って教えてくれます。慌てて(乱暴に)受話器を戻すと、「ガチャン!」と音が響いてきました。黒電話が姿を消し、携帯電話・スマートフォンが普及した現在、「ダイヤルを回す」という表現とともに、これらの擬音語も、「絶滅危惧種」と言える存在かもしれません。

展示をしている600型電話機は、どなたでも受話器を持ち、ダイヤルを回すことができます。また、祝日の開館日に合わせた来館者サービスとして、不定期ではありますが、総合展示での「ハンズオン」を開催しています。ご家族で、ご友人同士で、昭和の時代には日常だった黒電話の感触を(特に、ダイヤルを回して、元の位置に戻ってくるまでの「もどかしさ」を)、お楽しみください。

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ハンズオン リンリン♪ 黒電話 祝日開館日の「ハンズオン」として、ダイヤルを回す感触、ベルの音を体験することができます。