アイヌの物語を聴く

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アイヌ民族文化研究センター 非常勤研究職員

奥田 統己

  • 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。

総合展示第2テーマ「アイヌ文化の世界」には「見て 聞いて アイヌ文化の世界」というコーナーがあります。そこでは、19世紀生まれの人から現在活躍中の若い人まで、さまざまな年代の人たちによるアイヌの歌、踊りそして物語の記録を視聴することができます。このコーナーについては昨年のちゃれんがニュースで「映像資料『踊り』より鵡川に伝わる踊り『フッサヘロ』」と題して、当センターの甲地利恵研究主幹が紹介しています。今回は引き続き、アイヌ語の物語のうち「散文説話」と「神謡」と呼ばれるジャンルの語りを記録した映像資料のなかから、物語の語り手に注目していくつかをご紹介します。

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散文説話は、メロディーを伴わず日常会話に近い口調で語られる物語で、多くはふつうの人間が主人公となり、自らの波瀾万丈の人生やそのなかで体験した不思議な出来事などを子孫に語り伝えるという内容です。

散文説話の語り手として映像に登場する上田トシさんは、当コーナーの紹介パネルにもあるとおり1912年に現在の平取町内に生まれ、永年農業の経営に携わってこられたかたです。私は1987年に初めてお目にかかりましたが、そのころは、ずっと農家が忙しかったのでアイヌ語の物語はほとんど語ったことがないとおっしゃりながらも、いくつかの散文説話を語ってくださいました。その後先輩の語り手のところに冬のあいだ通って物語を教わるなどしてレパートリーを増やし、多くの若い語り手やアイヌ語アイヌ文学の研究者を育てました。当センターの大谷洋一研究職員も上田さんの教えを受けた研究者のひとりで、旧北海道立アイヌ民族文化研究センターの研究紀要にも、上田さんの語った物語がいくつか紹介されています。

神謡は、短く繰り返されるメロディーにのせて語られる物語で、アイヌ語でサハまたはサケヘなどと呼ばれる、物語ごとに決まっている繰り返しの文句を伴います。多くは動植物や自然現象などの神々が主人公となり、人間とのあいだで経験したできごとや神々の世界でのできごとなどを物語ります。

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当コーナーで紹介している神謡の映像資料のひとつは、1901年ごろに現在の新ひだか町内に生まれた織田ステノさんによるものです。織田さんは上田さんと同じく永年農業に従事し、70代になって農業経営の一線を退いてから、白老町のポロトコタン(当時)の事業に携わってアイヌ伝統文化の指導者として知られるようになり、また多くの研究者を教え育てました。

織田さんも農家のお仕事が忙しいころは、家でアイヌ語の物語を語ったり神事をしたりしたことはなく、ポロトコタンでアイヌの伝統的な着物を着て工芸品を作ったり物語を語ったりしていることを知ったご家族も、最初は驚いたそうです。映像のなかではアイヌ語でイテセというござ編みの仕事をしながら神謡を語っていますが、イテセは小さいころにおばあさんから教わっていたものの、ござを編むのは近所の人に頼まれたり自分の家で使う敷物を作るのが主な目的で、とくにござ編みをするときにあわせてアイヌ語の物語を語るということはなかったようです。

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上田さんにとっても織田さんにとっても、人前で物語を語ったり若手や研究者を教えたりする活動は人生の一部分に過ぎず、お二人とも農家としてのお仕事をとおして先祖を敬い家族を養ってきました。「文化」とはそうした家族や社会のなかでの活動の総体を指しており、「アイヌ文化」もアイヌ語や伝統的な生活様式などとその発展だけに限定されるものではありません。こう考えると、「文化伝承」も、特定の分野での特定の人々の活動だけではなく、各時代を生きるすべての人が、上の世代や下の世代を意識しながら営んでいる、日々の活動全体だということになるでしょう。

こうした考えも踏まえ、このコーナーでは上田さんや織田さんを「アイヌ文化伝承者」ではなく「農業に従事」した人として紹介しています。