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2017年の第3回特別展「プレイボール!北海道と野球をめぐる物語」の準備を進めるなかで、たくぎん(北海道拓殖銀行)野球部OB会から一括資料の寄贈を受けました。
北海道を代表する都市銀行だった「たくぎん」には、社会人野球の強豪というもうひとつの顔がありました。1960年代後半から80年代にかけて、全国大会出場権をめぐり、「5強」と呼ばれた北海道の社会人野球チームの一角を占めるとともに、全国屈指の実力をもつチームとしてプロ野球選手も輩出するなど、北海道社会人野球を牽引するチームでした。
ここでは、たくぎん野球部の歴史をひも解きながら、たくぎん野球部の活躍を物語る貴重な資料をご紹介します。
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たくぎん野球部の創部は1950年。歴史ある都市対抗野球大会への初出場は1957年のことでした。札幌市代表として出場回数は20回を数え、1976年の第47回大会では準優勝し、白獅子旗(準優勝旗)を獲得しています。
もうひとつの全国大会、社会人野球日本選手権大会には10回出場しました。1975年の第2回大会に初出場でいきなり準優勝を果たし、さらに78年の第5回大会では初優勝を果してダイヤモンド旗(写真1)を獲得するなど、輝かしい戦績を残しました。
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チームの戦績を物語る優勝旗や優勝杯、選手のユニフォームなどに加えて、興味深いのが1956年に誕生した応援団の資料です。
都市対抗野球大会のもうひとつの見どころは、出場チームの華やかで工夫を凝らした応援合戦でした。たくぎんは、銀行のシンボルフラワーをテーマにした「スズラン娘」が有名でした(写真2)。第35回大会(64年)及び第47回大会(76年)の応援団コンクールでは最優秀賞を獲得するなど、素晴らしい歴史を誇りました。
たくぎんの愛すべきマスコットキャラクターといえば、「くまのたくちゃん」。ノベルティグッズの「たくちゃん貯金箱」のシリーズでも、チームの活躍と歩調を合わせるように、野球を楽しむたくちゃんが多数誕生しました。たくちゃんは、応援団の一員となって(写真3)、また、応援旗のシンボルとして(写真4)、選手を鼓舞しました。
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たくぎん野球部は、1996年の都市対抗野球北海道地区予選の敗退をもって活動を停止し、廃部となりました。かつて、たくぎん野球部の本拠地「平岡球場」があった場所は、大型ショッピングモールへと変貌しました。
すでに寄贈を受けている、他のたくぎん関連資料と合わせて、今後も総合展示のクローズアップ展示や企画テーマ展などで、活用していきたいと考えています。