「ロッペン⿃」って、どんな⿃? 

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研究部⾃然研究グループ 学芸員

表 渓太

  • 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。

北海道博物館では、1945年まで日本が統治していた樺太(現ロシア・サハリン南部)からの引き揚げ者らでつくる全国樺太連盟が、2021年3月に解散したのにともない、資料の一部をご寄贈いただきました。現在、博物館資料として登録するための資料整理作業を進めているところですが、寄贈されたものの中から「ロッペン鳥」をいち早くご紹介します。

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「ロッペン鳥」の剥製(全国樺太連盟寄贈)

「ロッペン鳥」は、ウミガラス(Uria aalge)の樺太での呼称です。独特の鳴き声から「オロロン鳥」の愛称でも親しまれています。遠目に見るとずんぐりした体型に白黒のツートーンカラーでまるでペンギンです。実際に、ペンギンのように水中を羽ばたいて潜水し魚を捕えますが、ペンギンと違って空を飛ぶこともできます。

ウミガラスは、かつては松前小島やユルリ島・モユルリ島などでも繁殖していましたが、今では国内の繁殖地は天売島だけになっています。1960年代には天売島に約8,000羽が飛来していたと推定されていますが、その後に激減し、2000年代にはヒナの巣立ちがまったく確認されない年が続きました。そのため、繁殖地への模型を使った誘導や天敵の排除などの対策がとられ、近年は20羽以上が巣立つようになっています。

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当時の樺太の絵はがき。崖の上にはウミガラスがびっしり。(全国樺太連盟寄贈)

樺太中部に位置する海豹島は、ウミガラスの一大繁殖地として知られていました。この海豹島のオランダ名「ロッベン(Robben)島」がロッペン鳥の名前の由来です。(ちなみに、海豹島はオットセイの繁殖地でもありますが、「Robben」やその直訳の「海豹」はアザラシのことです。島を名付けた人が両者を混同していたのかもしれません。)当時の書籍には、「海豹島はロッペン鳥の有名な繁殖地で、東部アジアに棲息するロッペン鳥の大部分がこの島で繁殖する。六月中旬の最盛期には数十万羽の大集団を見ることができる。」とあります(岡田宜一「樺太の鳥」昭和15年発行)。剥製とともに寄贈された絵はがきを見ると、崖の上を埋め尽くすウミガラスの写真が使われており、オットセイの大集団とともに「樺太の奇観」として観光名所になっていたようです。また、卵を大量に採っている様子も記録されており、貴重な蛋白源になっていたのかもしれません。

この剥製は、引き揚げ者の方が樺太から脱出する際に携えるものに選んだということからも、大事にされていたことがうかがわれる品です。剥製や写真などの実物は、総合展示室2階のクローズアップ展示コーナーで、期間限定で公開しています(2021年12月18日~2022年4月14日)

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卵採りの様⼦。⼆段に積まれた籠の中にはウミガラスの卵がどっさり。(全国樺太連盟寄贈)