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みなさんは、神社や寺院に絵馬を奉納したことはありますか?―「ある」という声が、たくさん聞こえてきそうです。「ない」という方の中にも、他の人が奉納した絵馬、たとえば志望校合格や安産を祈願する絵馬を見たことがある方は多いのではないでしょうか。絵馬は、神様や仏様に、願いや感謝の気持ちを伝えるためのものです。日本には、古くから絵馬を奉納する風習があり、奈良時代の遺跡からも絵馬が出土しています。*1
資料1は、北海道の日本海側に位置する、増毛町内の寺院境内の稲荷堂にあった絵馬です。ご覧の通り、画面いっぱいに和船が描かれています。船が描かれた絵馬は「船絵馬」と呼ばれていて、特に江戸時代から明治時代にかけて、全国の神社や寺院に奉納されました。奉納者は、主に船の所有者や船頭などです。奉納の目的は、神仏に向かって、航海安全や豊漁を祈願したり、それらの願いが叶ったことへの感謝を伝えたりすることでした。
江戸時代から明治時代にかけて奉納された船絵馬には、一定の様式で描かれたものが多く見られます。資料1のように、側面からみた船が画面中央に大きく描かれていることが特徴です。*2
これらを作っていたのは主に大坂の絵馬師で、全国から注文を受けていました。もとは画面全体を手描きで制作していましたが、それでは需要に応えきれなかったのでしょう。嘉永2(1849)年、船絵馬師・三代目吉本善京は、効率的な制作方法を編み出しました。それは、(1)まず、船の黒い線だけを版木で刷る(2)次に、版画を絵馬板に貼り付ける(3)最後に、全体を手描きで仕上げる、という方法です。*3
資料1もこの方法で作られていますが、貼り付け部分とその周辺との境界を絵具で巧みに隠しているため、一見すると版画が貼られていることには気づきません。
資料2も、当館の所蔵資料で、資料1と同じ神社に奉納された絵馬です。もともとは資料1のような状態で神社に奉納されたと推測されますが、当館に収蔵されたときには、すでに長い年月を経て板が割れ、版画の部分が剥がれてしまった状態でした。
資料2を見ると、版画の貼り方がよくわかります。船の黒い線を刷った版画を、船より少し大きめに切り抜いています。版画部分の下には白い紙が見えているので、絵馬板に大きな紙を貼ったあとで、その上から版画を貼り付けていたということもわかります。この資料は、破損したと片付けてしまえばそれまでですが、捉え方を変えれば、制作方法を教えてくれるという点で、とても貴重です。ほぼ完全な状態で残っている資料1、破損したことによって制作方法を語ってくれる資料2、どちらも大切に保存していきたいと思います。
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参考(引用)文献
*1 岩井宏美 1974.ものと人間の文化史12 絵馬.法政大学出版局.
*2 石井謙治 1977.船舶画としての船絵馬とその流派 海と日本人.東海大学出版会.
*3 同上 p112-114
- 記事のウェブサイト掲載にあたり、一部修正を行いました。