久保寺逸彦 最初の調査の記録

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アイヌ民族文化研究センター 研究主査

遠藤 志保

  • 職員の所属・役職は、森のちゃれんがニュース発行当時の情報です。

北海道博物館では、アイヌ文学・アイヌ文化研究者である久保寺逸彦(1902~1971)の旧蔵資料(久保寺逸彦文庫)を所蔵しています。

今回はそのなかから、今からおよそ100年前の1922(大正11)年7~8月に、久保寺が初めて行ったアイヌ語・アイヌ文化調査に関する資料をご紹介します。

久保寺はもともとアイヌ語研究を志して大学に進学したわけではありませんでした。1922年6月、大学生だった久保寺は、卒業論文のテーマが決まらず、夏休みに北海道の実家に帰省する際に調査できるようなテーマはないか、同級生に相談します。そこで紹介してもらった教員が、アイヌ語学者の金田一京助でした。そして、相談を受けた金田一から「アイヌ語の単語の研究でもやったらどうか」と勧められ、久保寺は卒業論文のテーマをアイヌ語の語彙研究に定めたということです(「アイヌ研究の思い出(1)」、当館収蔵番号178776より)。

そして、その年の7月に帯広を訪ねた久保寺は、このころ帯広でアイヌの児童を対象とした小学校の教員をつとめていた吉田巌(1882~1963)の紹介で山村ハナ(ウレシパン)から聞き取りを行います。

吉田巌は、このときのことを自身の日記に、「二時久保寺逸彦君、アイヌ語研究に来校六時まで応接(中略)。山村ハナの宅へご案内す」(7月20日)、「久保寺逸彦氏山村へ六日もあるいて、予期の研究をなし得たることを挨拶に午前十二時来校。篤学の士なり」(7月25日)、「二時頃より久保寺逸彦君来る。/午后五時までその需めに応じて、アイヌ談をきかしてやる。且器物類を見せ、説明をする」(8月31日)と綴っています(『吉田巌日記第十三(帯広叢書第三十二巻)』帯広市教育委員会、平成3年)。

このときに行った調査結果をまとめたものとして、アイヌ語十勝方言の語彙集とアイヌ語による物語3編が、久保寺逸彦文庫に収められています。

語彙集は「Vocabulary of Ainu Language(Tokachi Province)VoL.Ⅰ ~ Ⅲ 」(当館収蔵番号177282~177287)と表紙に書かれた、A5判の大学ノート3冊です。表紙を直訳すると「アイヌ語の語彙(十勝地方)」。語彙は、「日月、山川 四時等」、「貴賤、父子、兄弟等」「支体死活ノ類」「家屋器財ノ類」「鳥獣蟲魚類」「草木ノ類」「算数」「形容詞,副詞/間投詞」「起居進退、談論、思索、五感/其ノ他動詞一般」と、大きく9つに分類されています。それぞれの分類ごとに日本語の見出しが五十音順に並べられ、それに対応するアイヌ語が、時には短文などの用例もあわせて記されています。

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久保寺逸彦が調査したアイヌ語十勝方言の語彙をまとめたノート(当館収蔵番号177282)

見出しは全部で約1,800項目(見出しのみでアイヌ語が書かれていない項目もあります)。道具の名称の項目のなかには簡単なイラストが添えられている場合もあり、たいへん見やすく・わかりやすくまとめられています。

このほかに、アイヌ語の物語3編も聞き取られています。久保寺はタイトルを「Oina」とのみ書いていますが、これは物語のジャンルのことで、アイヌ語十勝方言で「神謡」と呼ばれるジャンルの物語です。

いずれもアイヌ語のみで和訳はついていませんが、それぞれの物語について、手書きの原稿やタイプライターで浄書した原稿といった、複数の原稿が存在します。中にはところどころに和訳や解釈がメモされている原稿もありますが、3編とも主人公の正体がわからないなど、不明点も多くあり、整理の途上だったように見受けられます。

北海道博物館では、2023年1月15日(日)まで、第3回蔵出し展「久保寺逸彦文庫」として、久保寺逸彦が集積・整理した研究資料の全貌を紹介する展示会を開催しています。今回ご紹介したアイヌ語の語彙集も展示していますので、この機会に北海道博物館に足を運んでいただければ幸いです。

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第3回蔵出し展「久保寺逸彦文庫」の会場の様子